日本では2018年、国を挙げた本格的なキャッシュレス化推進の取り組みがスタートした。
その指針として、経済産業省は2018年4月に「キャッシュレス・ビジョン」を策定・公表している。
キャッシュレス・ビジョンの目的には、訪日外国人対策、事業者の生産性向上・コスト削減、消費者の利便性・安全性向上という、3つの側面がある。
これらは、国がキャッシュレス決済を推進する理由であり、キャッシュレス決済のメリットともいえる。
キャッシュレス・ビジョンでは、さらに事業者、利用者、行政のそれぞれについて、具体的な施策案があげられている。
事業者・利用者双方に、キャッシュレス化推進に関する優遇施策もあげられている。
キャッシュレス決済は、クレジットカードを始め、電子マネーやモバイルウォレットなど、種類も増えてきている。
日本は諸外国に比べてキャッシュレス化の比率が低いが、2020年に東京オリンピック・パラリンピックも控え、今後、キャッシュレス化はますます推進されるはずだ。
本記事では、経済産業省の資料を参考に、キャッシュレス・ビジョンの内容と、キャッシュレス決済推進の理由とメリットを詳しく解説していく。
また、今後の日本でのクレジットカードの動向についても考察する。
キャッシュレス・ビジョンとは
キャッシュレス・ビジョンは、日本が策定した「支払い改革宣言」のことである。
現在約20%である日本国内のキャッシュレス比率を、2025年までに40%に、将来的には世界最高水準の80%にまで引き上げることを目標としたビジョンだ。
経済産業省の資料によれば、「キャッシュレス」の定義は、「物理的な現金(紙幣・貨幣)を使用しなくても活動できる状態」を指している。
キャッシュレス・ビジョンの目的には、主に以下がある。
- 訪日外国人対策としてキャッシュレス環境を整備
- 事業者の生産性向上、コスト削減
- 消費者の利便性、安全性向上
キャッシュレス決済の種類
キャッシュレス・ビジョンで想定されているキャッシュレスの支払い方法には、以下がある。
- クレジットカード
- 電子マネー
- デビットカード
- モバイルウォレット
クレジットカードだけでなく、電子マネーやデビットカード、モバイルウォレットなども、決済方法として対応できる店舗を増やそうと考えていることが分かる。
さらに、今後の利用増加が見込まれる、アプリやインターネットを通じた新たな支払い方法なども想定されている。
キャッシュレス・ビジョンの施策
キャッシュレス・ビジョンの具体的な施策案には、以下がある(一部)。
- 店舗のキャッシュレス支払い導入による税制面優遇
- 店舗への補助金付与
- キャッシュレス専用レジ等の推進
- キャッシュレス決済利用者への優遇措置
- 行政機関のキャッシュレス化の推進
- 既存のインフラの改善
- 国、地方自治体による訴求
各国のキャッシュレス比率
日本のキャッシュレス比率は、他の先進国と比較すると非常に低いのが現状だ。
2015年に発表された各国のキャッシュレス決済比率では、以下のような結果が出ている。
- 韓国:89.1%
- 中国:60%
- カナダ:55.4%
- イギリス:54.9%
- オーストラリア:51%
- スウェーデン:48.6%
- アメリカ:45%
- フランス:39.1%
- インド:38.4%
- 日本:18.4%
- ドイツ:14.9%
約9割の決済がキャッシュレスというキャッシュレス大国の韓国や、約6割の決済がキャッシュレスの中国比べ、同じアジアでも日本はキャッシュレス比率が低く、約2割にも満たない。
韓国や中国は世界の中でもキャッシュレス決済が普及している国だ。
そこには、次のような取り組みを行い、キャッシュレス化を推進してきた背景がある。
韓国
- クレジットカード利用分の所得控除
- クレジットカード利用者に宝くじの権利を付与
- 店舗でのクレジットカード取り扱い義務化
韓国の場合、所得控除や宝くじなど、クレジットカードの利用者に対するメリットを創出したことで利用者を増やし、店舗側には義務化を促したことが功を奏した。
中国
- 「銀聯カード」の普及
- 決済もできるスーパーアプリ「アリペイ」の登場
中国の場合、キャッシュレスにおける確固たる仕組みを作った上で、クレジットカードやアプリなどの便利なツールを登場・普及させたことが、決済比率アップにつながったといえる。
日本のキャッシュレス決済比率が低い理由
海外に比べて日本のキャッシュレス決済比率が低い理由としては、主に以下の4つが挙げられている。
環境の問題
日本の環境の以下の部分が、キャッシュレス決済比率を低くとどめる原因となっている。
- 盗難が少なく、現金を持ち歩く不安があまりない
- 偽札が少ないため、現金への信頼度が高い
- POSレジの発達で、現金支払いのわずらわしさが少ない
- 街中にATMが多いなど、現金が入手しやすい
つまり、日本のキャッシュレス決済比率の低さの理由には、「治安のよさ」と「利便性のよさ」という大きな2点があるということになる。
治安の悪い国では、まとまった現金を持ち歩きたくない、偽札を警戒しなければならなといった事情から、キャッシュレス決済が普及することが多い。
また、現金支払いに時間がかかる、ATMの数が少ないといった環境では、自然とキャッシュレス決済が選ばれるようになるだろう。
「治安のよさ」と「利便性のよさ」は、日本の長所である一方で、キャッシュレス化推進を阻害する要因にもなっているのだ。
店舗側の問題
キャッシュレス決済導入において、店舗側としては以下のような問題がある。
- 支払端末の導入や回線などの費用負担がかかる
- 支払いサービス事業者への手数料が発生する
- 売り上げを現金化するまでにタイムラグが発生する
キャッシュレス決済では、支払端末の設置や手数料の発生など、現金払いにはない手間やコストがかかってしまう。
特に、規模の小さい店や個人で経営している店などにとっては、大きな負担となる。
また、クレジットカード決済は入金までに時間がかかるため、資金繰りが厳しくなってしまうこともある。
これらの理由から、キャッシュレス決済導入に踏み切れない店舗も多いのが現状だ。
消費者側の問題
キャッシュレス支払において、消費者側としては以下の問題がある。
- キャッシュレス対応不可の店舗の多さ
- キャッシュレス支払いへの不安
キャッシュレス支払を利用したいと思っていても、対応している店舗が少なければ、「どうせ使える店は少ないから、最初から現金で支払うようにしよう」という考えになるのも自然だ。
また、キャッシュレス支払に慣れていない人もまだ多い。
「個人情報を盗まれるのではないか」「盗難や紛失が怖い」「使い方がよく分からない」などの不安から、利用に踏み切れないこともあるだろう。
つまり、消費者側の問題は、キャッシュレス対応の店が少ないという「外的要因」と、キャッシュレス支払いに慣れていなかったり怖いと感じたりする「内的要因」の2点からなると言える。
支払いサービス事業者側の問題
キャッシュレス化が進むことで、支払いサービス事業者としては、手数料収入が増える一方、競争の激化や、システムコストやブランドライセンスフィーなど企業側の各種費用の負担も増えていく。
実は、クレジットカード会社、銀行など、支払いサービス事業者側のコスト負担も小さくないのだ。
経済産業省は、キャッシュレス・ビジョンの実現のためには、支払い事業者にかかるコストや収益構造などを変えるビジネスモデルの改革が必要だと考えている。
キャッシュレス推進の理由
キャッシュレス決済に関する問題はあるが、やはり今後の日本にキャッシュレス化の推進は必要だ。
その理由として、以下が挙げられている。
- インバウンド需要
- 現金取り扱いのオペレーションコスト
- 人手不足によるキャッシュレス化中心の店舗増加
- 無料の決済端末やスピーディな資金化が可能なサービスの登場
- 電子マネーやポイントなどの利用者増加
2020年の東京オリンピック・パラリンピックへ向け、日本のキャッシュレス化は急務とされている。
今後、訪日外国人の増加が予想される一方で、キャッシュレス決済が不可の店舗が未だ多いという現状は、多大な機会損失となっている。
また、キャッシュレス決済が普及すれば、決済自体がより早く、快適になものになる。
日本では、キャッシュレス決済の中でも、コンビニなどで少額の会計時に、電子マネーを利用する利用者が増えている。
キャッシュレス化と合わせて、近年では「セルフレジ」などで、無人会計を行う店舗も増えてきている。
消費者自身が決済を行うことで、利用者はスピーディーな決済ができ、店舗は人件費などのコストを抑えられるなど、双方にメリットがある。
さらに、これまでキャッシュレス決済導入が難しかった店舗にも、追い風が吹いている。
たとえば、決済端末の導入が無料で最短翌日入金が可能なサービスが登場するなど、少ない負担でキャッシュレス決済が導入できるようになってきた。
その他、GoogleやAmazonなどの大手企業によるキャッシュレス決済データを活用したビジネスモデルの構築や、商流・物流のスマート化と併せて金流のスマート化が推進されていることなども、キャッシュレス決済導入の追い風となるだろう。
キャッシュレス決済のメリット
キャッシュレス・ビジョンが実施されることにより考えられるメリットには、主に以下がある。
店舗の売り上げアップ
キャッシュレス支払に対応していないことは、「クレジットカードが使えないなら、ほかの店へ行こう」と、消費者が商品やサービスの購入をやめてしまう理由にもなる。
逆に、キャッシュレス決済を導入すれば、これまで決済方法を理由に購入をやめていた層も取り込むことができ、売り上げアップの可能性がある。
決済がより便利になる
多くの場所でキャッシュレス決済が「当たり前」になれば、決済にかける時間が短縮され、より便利な社会になるだろう。
急いでいる時でもワンアクションで決済を完了でき、現金をATMで降ろす手間などもなくなる。
消費活性化と支払いデータの活用
キャッシュレス決済の仕組みを整え、利用者が増えれば、消費の活性化をうながすことにもなる。
また、消費者の購買データを活用することで、サービスの向上や、不透明な現金流通を減らすことなども可能だ。
キャッシュレス化の推進は、国の経済発展や安全性の向上などにもメリットがあるといえるだろう。
キャッシュレス決済の今後
2016年時点の日本国内のキャッシュレス決済比率は20%だが、その内訳は以下のようになっている。
- クレジットカード…18%
- 電子マネー…1.7%
- デビットカード…0.3%
参考:「キャッシュレス研究会の方向性」(2017年12月14日 経済産業省 商務・サービスグループ 消費・流通政策課)
キャッシュレス支払の方法としては、圧倒的にクレジットカードが多い。
その理由として、電子マネーはチャージ残高、デビットカードは口座残高という制限があり、モバイルウォレットは認知が低いことなどが考えられる。
今回のキャッシュレス・ビジョンにより、クレジットカード以外の支払方法もより身近になっていく可能性は高い。
そして、キャッシュレス支払いの代表ともいえるクレジットカード決済も、さらに普及が進んでいくだろう。
参考:「キャッシュレス・ビジョン」(平成30年4月 経済産業省 商務・サービスグループ 消費・流通政策課)