オトコたちの曲がり角 第四話「ともし火のゆくえ」後編

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半年後。

これまで以上にリョウは忙しい日々がつづいていた。

1ヶ月前に新番組のチーフADに抜擢されたのだ。

本来ならば先輩ADが選ばれるのが順当だが、「もうオレにはテレビへの情熱がない」と言い残し退職して別の業界に転職した。

入れ替わりの激しい会社では、リョウが1番の古株になったこともあり抜擢された。

新番組は新進気鋭の若手俳優を司会に起用した、街ロケ番組『あの街の〇〇』だった。

リョウは進行の予定表を組んだり、ADに仕事を指示したり、撮影に立ち会ったり、ディレクターやスタッフと打ち合わせをしたりと目まぐるしい毎日だった。

リョウは疲弊しながらも、これまで以上にやりがいを感じていた。

ADのときよりも番組作りに深くかかわることができるし、裁量も増えた。

給料も少しではあるがアップした。わずかでも、収入が増えるのはありがたい。

「リョウさん、大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」

ロケハンから戻り会社で資料をつくっているとき、後輩ADが栄養ドリンクを手渡しながら声をかけてきた。

小柄な女性にだが、とてもパワフルでよく働き、なにかとリョウを助けてくれている有難い存在だ。

「そう? 最近あんまり寝てないからなぁ」

「最近休みがあったのっていつですか?」

「うーん……。思い出せない」

「倒れたりしないでくださいね! リョウさんいなくなったら、ウチの会社いよいよまわらなくなっちゃいますよ」

後輩ADは肩をすくめながら冗談っぽく言い笑った。

自宅には2週間ほど帰れていなかった。

会社に大量にストックしている着替えも、そろそろ底をつく。

でも、今の会社でこの番組のチーフADをつとめられるのは自分しかいない。

リョウはクールミントガムを口に入れて、自らを奮い立たせた。

リョウたちの努力の甲斐もあり、『あの街の〇〇』の初回放送は無事に成功した。

視聴率も深夜帯にしては悪くなく、ネット上での反応も悪くなかった。

リョウは感慨深かった。

チーフADとはいえ、はじめてただの下っ端から番組作りに深くかかわることができたからだ。

大学時代からの自分の夢の第一歩を、ようやく踏み出せた気がした。

「リョウちゃん、これからも頼むよ」

初回の放送後に担当の番組ディレクターと会ったとき、そう言いながら肩を叩かれたリョウは、ますますやる気を出し、これまで以上に仕事に精を出した。

しかし、会社の人員不足は深刻なものになっていた。

先輩ADに続いて他のADも続々退社し、リョウは前任者がやっていた仕事を引き継いだり、新しく入ったADに仕事を教えたりと、息つく暇もないほどだった。

チーフADをやっている番組の仕事も山のようにある。

最近のリョウは、移動中やパソコンに向かっているときに意識が遠のき、今自分が何をしているのかわからなくなり、混乱することもあった。

ある夕方のことだった。リョウはいつものようにスタジオ収録に立ち会っていた。

ロケVTRを見て、司会の男性俳優とゲストの芸人がツッコミを入れ、合間にスタジオのトークが入る。

いつも通りの進行で、特に滞りなく収録は進んでいた。

リョウは昨晩から頭痛やめまいが気になっていた。

出演者が面白いことを言ったとき、場の雰囲気を盛り上げるためにいつもなら率先して笑うのだが、今日のリョウはそんな気にもなれなかった。

番組収録も終盤に差し掛かったときだった。急に目の前の景色がぐらついた。

最初は気のせいかと思ったが、次第に立っていられなくなり、リョウは意識を失って倒れた。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

病院からの診断は「過労とストレスが原因」だろうとのことだった。

すぐにでも復帰しようとしたリョウだったが、医者から「死にたいのか」と怒られ、ドクターストップがかかり1ヶ月間会社を休職した。

幸いにもチーフADをつとめる番組はスポーツ特番のため、2週間休みでリョウが担当していた頃に撮りためていたもので回すことができていた。

その間お見舞いに来てくれた女性の後輩ADをのぞけば、会社の人たちからも一緒に仕事をしているキ―局の人たちからも、誰からも連絡は来なかった。

1ヶ月後リョウは久しぶりに出社した。

迷惑と心配を掛けてしまったことを詫びなければと思いつつも、また現場に復帰できることが嬉しかった。

リョウが出社すると、リョウの机には他の番組の小道具や資料などが雑然と置かれ、狭いオフィスの「荷物置き場」になっていた。

ADたちは社内で電話や資料作成に追われ、誰もリョウが出社したことに気づく人はいない。

リョウが呆然としていると、偶然通りかかった社長が近づいてきた。

「あ、『あの街の〇〇』だけど、別のヤツに頼んだから」

こともなげにそういうと社長は去っていった。

リョウと同じくADからキャリアをスタートさせ、制作会社を設立した社長はまだ40代と若いが、リョウへのねぎらいの言葉は一言もなかった。

リョウは静かにオフィスの外に出ていった。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

リョウは会社を辞めた。

会社の人間には辞めることを告げても驚きの顔ひとつされず、総務部から事務的な手続きについて伝えられただけだった。

療養中に唯一お見舞いに来てくれた女性の後輩ADだけが、涙を流して残念がってくれた。

―オレが今までやってきたことって一体なんだったんだろう。

リョウは会社から自分の私物を持ち帰る道すがら、そんなことを考えていた。

世の中には自分の仕事の代わりなどたくさんいるとわかっていても、どうしても認めたくなかった。

それからというもの、リョウはテレビをなるべく見ずに過ごした。

社会人になってからはじめての無職となった。

することもなく、こんなに時間ができたのははじめてだった。

何をするでもなかったが、天気のいい朝が気持ちいいことや、外に咲く草花の美しさや、自炊するご飯のおいしさなど、気にも留めていなかったことをありがたく感じる日々だった。

ある晩アパートのソファに腰かけると、ソファに置きっぱなしだったテレビのリモコンを押してしまった。

すぐに消そうとしたが、新番組がやっていてその斬新な企画と構成に思わず見入ってしまった。

エンディングのクレジットを見て、リョウは納得した。

現場でスタッフと何度か一緒になったことのある制作会社が企画・制作を担当していた。

その担当は物腰が柔らかいディレクターだが、仕事には妥協しない性格だった。

「こんな人になれたらいいな」と、リョウは密かに思っていた。

リョウはなにげなくスマートフォンからディレクターの連絡先を探し当てた。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

リョウは喫茶『ささもと』にいた。

ちっとも変わっていない『ささもと』の店内を見渡していると、大学時代を思い出す。

リョウの家は母子家庭で兄弟も多く、大学には奨学金で進学した。

親からの仕送りで悠々自適に暮らす同級生たちを後目に、リョウは学費のためにアルバイトを掛け持ちしていた。

さらには、マスコミ研究会に所属していた。忙しい毎日だったが、夢や希望に溢れた日々だった。

卒業からまだ10年も経っていないのに、今では遠い昔のことのようだ。

そのとき、ディレクターが目の前に座った。

会うのはかなり久しぶりだが、チェックのシャツにチノパン、白髪交じりのボリュームのある髪型と風貌は全然変わっていない。

「『あの街の〇〇』最近つまんなくなったね。出演者も、テンション下がっちゃってるように見えるよ」

開口一番ディレクターがそう言ったので、リョウは驚いた。

「あの番組、見てくれていたんですか」

「リョウちゃんがチーフADやっていた頃のほうが、絶対よかったよ。制作陣がやっつけでつくっているのが、バレバレだね。視聴率も悪いみたいだし、そのうち打ち切りじゃないかな」

ディレクターは、自前の髭をさすりながら言った。

「……そんなふうに言っていただいて嬉しいです」

「で、話って何? 会社辞めたんでしょ?」

「すみませんお忙しいところ。なんといいますか、今後についてご相談したくて……」

「今後ねぇ。まだ続けていく気あるの?」

「それが自分でもわからないんです。離れようとは思ったんですけれど、どうしてもテレビのことが気になってしまう自分がいて……」

「無理無理!テレビの魅力に一度取りつかれたら、もうやめられないよ。リョウみたいなのは、転職したって絶対こっちの業界に戻ってくることになるよ」

図星だった。あれだけ大変で苦しかったのに、もう仕事が恋しい自分がいる。

スタジオや現場の独特の雰囲気、タスクをどんどんこなしていく充実感、自分が携わった番組を見たり、話題になっていることを知ったりしたときの喜び。

リョウは完全にテレビの世界に取りつかれていた。

「……そうかもしれません」

「じゃあさ、うちで働くか? 長くやってくれていたチーフADの子がいたんだけど、家の都合で実家に帰っちゃったんだよ。どうせなら、オレも信頼できるヤツと一緒に働きたいからさ」

「……ホントですか!?」

「オレも前よりは偉くなったし、社長に話つけてみるよ。イヤじゃなければね」

本音を言うとリョウは昔からディレクターのいる制作会社がつくる番組のファンだった。

テレビ離れがすすむ現代でも、派手さはないものの視聴者目線の実直な番組づくりをしていて、スタンダードな番組から個性的な番組まで、守備範囲も広い。

なにより尊敬していたディレクターのもとで働けることが嬉しかった。

「ありがとうございます!」

「仕事はさ、何をするかっていうこと以上に、『誰と一緒にやるか』っていうことが大事だと思うんだよな」

ディレクターは照れ臭そうに頭を掻きながらつぶやいた。

リョウもそれに答えるように、愛想笑いではない心からの笑顔を見せた。

作:手塚巧子

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