オトコたちの曲がり角 第四話「ともし火のゆくえ」前編

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「おい、起きろ!」

会社のオフィスで何個も椅子を並べ、死んだように眠っていたリョウに怒声が降ってきた。

「ハイ……」

リョウが目を開けると、そこには見慣れた先輩ADの仏頂面があった。

腕時計を見ると朝の5時。時計の針はリョウが眠りについたときからわずか1時間半ほどしか進んでいない。

昨日は夜中まで別番組の準備をしていたため、気づけば当然のように終電を逃していた。

さらに、今日は早朝から生中継のロケがあり、必然的に会社に泊まることになった。

リョウは就活の時にキー局をかたっぱしから受験したが、すべて不採用だった。

一度はあきらめてイベント会社の企画職として就職したが、やはりテレビ番組をつくることへの情熱は捨てきれなかった。

3年を待たずしてリョウはイベント会社を辞め、第二新卒としてテレビ制作会社に滑り込んだ。

リョウがこの会社でADとして働きはじめて5年が経つ。

一般的にこの業界は中途入社も多く、キー局の社員などをのぞけば、リョウのように30歳を超えてもADをやっているのは珍しくない。

「ほんと、人遣いの荒い会社だよなぁ。ありえねぇよ、この人数でこの仕事量って」

リョウが車を運転していると、先輩ADは隣でタバコを吸いながら愚痴りはじめた。

「確かに忙しいですよねぇ」

リョウは信号待ちの際にスティックパンを口に放り込みながら答えた。

この仕事をはじめてからというもの、ゆっくり食事を取る時間はなく、合間を見てコンビニのパンやおにぎりをかき込む『ながら食い』がすっかり当たり前になっている。

「キー局の奴らはいいよなぁ。オレらよりヒマなのに何倍も給料違うんだから。そのうえ偉そうにしやがって。ホントやってらんねぇよ」

この先輩ADはいつも不機嫌で、口を開けば愚痴ばかり言っているためリョウは正直苦手だ。

しかし、この会社では数少ない古株のため、一緒に仕事をすることも多い。

会社には華やかなテレビ業界に憧れて入ってくる人も多いが、過酷な現実に打ちのめされたり、体調を崩したりして、あっという間に辞めていく者も少なくない。

学生時代はサッカー部に所属し、大学時代も引っ越し屋やイベントの機材搬出などのガテン系のアルバイトをしていたリョウは幸い体力だけはあった。

リョウは先輩ADの話に適当に相槌を打ちながらも、交通事故だけは起こさないようにと眠い目を何度も見開いた。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

会社を出発してから1時間ほどでロケ現場に到着した。

今朝はビジネスマンやOLに人気の、オフィス街のど真ん中にある食堂の生中継だった。

美味しい朝食を出すと話題で、食堂は和テイストのインテリアがセンスよく配置され、一人でも入りやすい店構えだ。

リョウたちADはいわば何でも屋だ。

現場で技術スタッフと合流したあとは荷物を運ぶのを手伝ったり、掃除をしたり、ロケに向けて準備をもくもくとこなす。

今日の出演者は、少し前にアイドルグループを脱退したことで話題となった若い女性タレントだ。

CMやバラエティなどでもよく見かけ、若者を中心に人気が出てきている。

「……おはよ~ございま~す」

女性タレントがマネージャーを従え、車からけだるそうな表情で降りてきた。

リョウたちのあいさつにもスマホをいじりながら面倒そうに答え、目すら合わせない。

リョウたちが準備をしていると、キー局のプロデューサーがあくびをしながら30分後にやってきた。

茶髪で長身、おしゃれな服装と、一見するとプロデューサーのようには見えない。

「おはよー。いやー、昨日飲みすぎちゃったよ」

「またっすか、体力ありますねー」

先輩ADはさっき悪口を言っていたキー局の社員に完全に媚びへつらっている。

女性タレントもさっきとは一転し、にこやかにプロデューサーと話をしている。

こんな風景もすっかり見慣れた。

リョウは生放送の現場のムードが好きだ。

一度きりしかないという緊張感と、ドタバタしながらもひとつの目的に向かって大人たちが動くこの高揚感。

飛び交う怒号や大声すら、現場に活気を与える材料だ。

あっという間に中継がはじまった。

女性タレントの大げさな明るさやリアクションが、朝の番組を活気づける。

リョウは女性タレントを見て、現場入りしたときとのテンションの差に驚くよりも、流石プロだと感心する。

出演者の性格に難があろうとも、とにかく無事に終わってくれればいい。

リョウは心底そう思っていた。

中継は5分ほどで終わり、スタジオに切り替わった。

テロップの表示が数秒遅れた程度で、進行などには問題がなく、スタジオとのやりとりもうまくいった。

「ごくろうさん。じゃ、また来週よろしく~」

中継が終わるやいなや、プロデューサーと女性タレントは軽やかに現場を去っていった。

その後の片づけや撤収作業は当然リョウたちの仕事だ。

リョウは片づけをしながら今日のスケジュールを反芻していた。

帰社後にはリョウが担当しているバラエティ番組のロケ先のリサーチをおこない、その後は夜にある企画会議へ向けた資料をつくらなければいけない。

今日はなんとか終電には間に合いそうだ。

今のリョウにとって、終電までに会社を出られることはむしろ珍しい。

会社からまあまあ近い場所に住んでいるものの、仕事と仕事の間の空き時間が短かったり、結局は会社にそのままいたほうが楽だったりすることが多い。

今日家に帰ることができれば、住んでいるアパートのベッドで寝られるのは4日ぶりになる。

そろそろシャワーも浴びたいし洋服も着替えたいところだ。

「そうだ、お前さ、この前ロケ行った番組の編集作業今日中にやっといて」

リョウの背後から先輩ADの声が飛んできた。

今日のキツキツのスケジュールでは、夜からでなければ編集作業はできない。

が、人員が足りていないうえに圧倒的なタテ社会のため、断ることができなかった。

「はい、わかりました」

今日も家には帰れそうにないな。

リョウは店の窓から快晴の空を見つめながら、ぼんやりと思った。

リョウは帰り道にコンビニに立ち寄り替えの下着と靴下、カップラーメン、ブラックコーヒーを購入し、この前審査が通ったばかりの楽天カードで支払いを済ませると、買ったものをリュックにしまった。

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執筆・編集:大人のクレジットカード編集部

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