オトコたちの曲がり角 第一話「キリギリスの呻き」後編

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「え~っと……つまりどういうことですか?」

 男は、困惑気味にタツヤに尋ねた。

「さきほども申し上げましたように、こちらの『君も明日から億万長者!必勝ビジネスマニュアル』のテキストとDVDをご購入いただきますと、私どもの代表である高橋ユウスケの個別レッスンを受ける権利を得られます。そこでビジネスのノウハウを学んでいただき、その後はこちらのテキストとDVDの販売権を得ることができますので、売り上げていただくごとに、テキストとDVDの代金の30%が、お客様に入るという仕組みでございます」

 ったく、何回説明すりゃいいんだよ。

タツヤは必死に苛立ちを抑え、研修で学んだ笑顔を顔に張り付けながら説明する。

テーブルに置かれたアイスコーヒーのグラスは、すっかり汗をかいてしまっている。

 タツヤの大学時代のたまり場で、卒業以来はじめて訪れた喫茶『ささもと』は相変わらずガラガラで、失礼ながらやっていけているのか心配になるくらいだった。

今、タツヤの目の前にいる男性がこの近くに住んでいるというので、この店を指定した。

騒がしい店では落ち着いて話せないので、その点では好都合ではあった。

「テキストとDVDに、個別レッスンで120万円ですか……」

 男性は、テキストを興味なさげにパラパラとめくりながら言った。

「もちろん、最初は不安かもしれません。しかし、『初期投資』とお考えいただければお安いかと思います。投資しただけの価値は必ずあります! ボクも、この商材と出会ったことで人生が変わったんです。一括が難しいようでしたら、もちろん分割払いもございます」

 タツヤは、研修で習ったマニュアルトークを続けた。

 『ささもと』で待ち合わせをした20分前、店に入ってきた男性の姿を見たタツヤはすぐに「失敗した」と思った。

プロフィールで50代とは知っていたが、頭は禿げ上がり、洗濯のしすぎですっかり色が薄くなってヨレヨレになったグレーのポロシャツに短パン、サンダル姿。

近所だから仕方ないのかもしれないが、カバンも持たず、古びた財布をポケットに突っ込んでいた。

 こちらから呼んでおいて何だが、平日の昼過ぎに、私服で自由に行動している時点で正直、怪しい。

久しぶりの客に気合いを入れ、ホスト時代に奮発して購入した20万円のスーツを着てきた自分が、バカバカしく思えた。

 ホスト時代の先輩に誘われ、今の会社に入社して三か月が経つが、タツヤはまだ契約を一件も取れていない。

「契約なんてチョロい」と思っていたタツヤは正直、焦っていた。

ホスト時代も、トーク力がなさすぎてほぼ客が取れず、1ヶ月も立たずに辞めた苦い思い出がフラッシュバックした。

 会社では常に求人募集がかかっており、どんどん人が入れ替わっていく。

しかし、タツヤは辞める気はなかった。

頭の中に、面接のときに社長の高橋から言われた言葉があったからだ。

「世の中、カネがあれば何でもできる。有名になることだって、夢のような生活をすることだって簡単なんだよ。だから、ウチの会社はタツヤクンがお金持ちになるお手伝いをさせてもらう、ただそれだけさ」

 にっこりと笑った高橋の歯は芸能人並みに白く整えられ、金の腕時計と相まって余計にまぶしく見えた。

そのとき、タツヤの夢は即座に『金持ち』へとシフトチェンジした。

 会社の規模は100人程度で、その大半がタツヤと同じ営業職だ。

契約を多く獲得するほど昇格していくシンプルな仕組みで、元ホストの先輩はすでに幹部になっており、高級な貴金属を身に着け、外車で出社している。

ただし契約が取れなければ、最低賃金ギリギリの給料しかもらえない。

生活は厳しかったが、高橋や先輩のようになれることを夢見て、タツヤはがむしゃらに営業をかけまくった。

 男性とは、SNSを通じて知り合った。

SNSは顔が見えないリスクはあるが、いきなり道で話しかけたり、電話営業をしたりするよりも抵抗感なくコミュニケーションが取れる確率が高いので、営業ツールとして利用していた。

「新たなビジネスに興味はあるか」とメッセージで尋ねたら、すぐに「ある」と返信が届き、会うことになったのだ。

 しかし、男性はタツヤが何度説明しても、腑に落ちない表情をしている。

「お金持ちになりたくないんですか? こんなチャンスはまたとないですよ!」

 タツヤはたたみかけた。

「……実は私もね、あなたくらいの年齢の時、一攫千金を夢見ていたんです。そんな時、知人に新手のビジネスを持ちかけられましてね。なけなしの貯金をすべて使って取り組んだのですが、大損失を起こしてしまいまして。『うまい話はないもんだ』と思ったものです」

 男性は、溶けきったアイスコーヒーをストローでかき混ぜながら、ぽつりぽつりと話しはじめた。

「私どものビジネスは、そんな心配は一切ございませんよ」

 タツヤは必死で笑顔をつくった。

24回の分割払いでもいいから、契約書にサインをさせたい。

そうしなければ、自分の『夢』はいつまでも遠いままだ。

「そのときやっぱりね、コツコツ必死で努力をし続けるのが一番大事なんだな、って思いました。よこしまな気持ちでやったことはね、大した結果にならないんです、絶対に」

 30歳になった今、有名になるどころか何ひとつなし得ていないタツヤには、その言葉が痛かった。

今、生まれてはじめて必死になっているが、それがこのほぼ見込みのない営業トークという現状に、タツヤはさすがに落ち込みはじめていた。

「……オレだってわかってるんです、このままじゃダメだって」

「は?」

「この店、オレの大学から近いんすけど、同級生はみんな社会人バリバリやってるし、大学のとき仲良かったひとりで、大きい企業に就職したヤツの会社をさっき調べてたら、ソイツが『活躍する社員』とかいってサイトに載ってたし」

 タツヤは、こんなことを言っても仕方がないとは思いながらも、止められなかった。

「はぁ……」

「オレ、学校もエスカレーター式だったし、家もカネあったし、見た目もいいし。正直、学生のときまでは『人生楽勝じゃん』って思ってました。でも今は、親にも見放されてこのザマです。もう、契約なんか絶対取れない気がします。あーあ、どこでどう間違ったんッスかね、オレの人生……」

 タツヤは頭を抱えた。

「いやぁ、大丈夫ですよ、まだ若いんだし、これからいくらでも可能性がありますから……」

 営業マンが客に慰められるという謎の構図ができたそのとき、店に備え付けられたテレビからニュースが流れてきた。

「今日午後15時、東京都新宿区の会社経営者の男・高橋祐介容疑者38歳が、詐欺容疑の疑いで逮捕されました」

 アナウンサーの言葉を聞き、タツヤは顔を上げた。

そこには、手錠を掛けられ、会社が入るビルの入り口から連行される高橋の姿があった。

「高橋容疑者は『必ず金持ちになれる』という触れ込みの高額な情報商材を売りつけ、これまでにおよそ8000万円の不当な利益を得ていた疑いが持たれています」

 テレビには、今タツヤがテーブルの上に並べているのと同じ情報商材が映し出されていた。

 タツヤは、次のニュースに移り変わってからもしばらく唖然としていた。

ふと我に帰り、会社の誰かに連絡しようとスマートフォンを見ると、先輩や同僚からの着信や、社長逮捕を知らせるメールが大量に入っていた。

「ウソだろ……」

 タツヤはうなだれた。

「まぁ、こんな会社なくなって良かったじゃないですか」

 男性は、ニュースに驚く様子もなく淡々と言った。

「え?」

「いや、こんな情報商材ビジネス、誰が見たって詐欺だって分かりますよ。しかも、この手の詐欺もかなり高度なレベルになってきている今の時代に、この商材とビジネスモデルはあまりにひどい」

「そうなんですか!?」

 正直なところタツヤも、やたらと専門用語ばかりが並ぶ情報商材の中身はいまひとつ理解できていなかったが、そこまでの疑いは持っていなかった。

「よく、8000万円分もだまされる人がいたものです。でも、だからこそ詐欺がなくならないんですね。百聞は一見にしかず、だ」

 男性はうなずき、タツヤが持ってきたテキストをぱらぱらと見返し、閉じた。

「いい勉強になったので、ここは私がお支払いしますね」

 男性はそう言ってテキストをテーブルに戻すと、立ち上がった。

「支払うって、カネ持ってんのか……?」

 と、失礼ながら思ったタツヤが伊藤を追ってレジへ向かうと、支払いをする伊藤のボロボロの財布にはゴールドカードやプラチナカードが複数入っているのが見えた。

男性はその中からアメックスのゴールドカードを手に取り、支払いを行った。

タツヤは、「何故ビジネスに失敗した、こんな小汚いおっさんがゴールドカードやプラチナカードを持ってるんだ?」と、心の中で自分に問いかけた。

 店を出たあと、タツヤは男性におずおずと尋ねた。

「……あの、ビジネスに失敗して、おカネなくなったんじゃないんですか?」

「あのあと一念発起しましてね。真面目に働いて貯金を貯め、8年前から投資をはじめたんです。勉強しながら続けていたら、うまくいきまして。今は会社を辞めて、トレーダーとして生活しています。いいビジネスには、出資もしていますよ」

「じゃあ、今はすでに金持ちなんですね……。何で、今日来てくれたんですか?」 

「あなたのSNSのメッセージから、一生懸命さが伝わったからですよ。お会いする前からビジネスの内容は怪しさ全開でしたが、こんなに一生懸命な人が持ちかけるビジネスというのは、一体どんなものなのかと思いまして。会って話くらい聞いてみよう、と思ったんです」

「……」

「あなたも、地道にコツコツやってみるのが、いいんじゃないですかね。では」

 男性は穏やかな笑顔を浮かべてそう言うと、去っていった。

 皮肉にも、タツヤの初めての「必死」さが引き寄せた出会いだった。

ーまた、ゼロからスタートか。

 男性と別れた帰り道、タツヤは静かにそう思った。

社長が逮捕されてしまった以上、今月の給料ももらえるかわからないし、新しい仕事も探さないといけない。

30歳からのはじめての就職活動は、厳しいことは確実だ。

でもその一方で、こうなってどこかほっとしている自分がいた。

 そのとき、17時を知らせるチャイムが鳴りひびいた。

 それは、この前実家から帰るときに聞いた音色ではなく、タツヤを叱咤激励するかのような力強いものに聞こえた。

作:手塚巧子

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執筆・編集:大人のクレジットカード編集部

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